明治に実在した商売繁盛の福の神「仙台四郎」をモチーフにした、架空のキャラクターにして実在の人物。

幸子(本名)はハチヨの正真正銘の実母。仙台市在住、現在78歳、専業主婦。

昔から幸子が出没するところに人だかりができるという不思議な現象に何度も遭遇してきたハチヨ

「母には人を引き寄せる才能があるみたい、現代版仙台四郎かも」と思いつき

自身のHPにエッセイとして掲載していた。

それを見た商売人たちから「人寄せにあやかりたい」とグッズ製作の依頼が舞い込み本人に無断で勝手にキャラクター化。深い考えもなくオリジナルグッズを作って販売したところ、購入者から続々と「いいことがあった」というメールが殺到し、その実証性はやがてクチコミで広がり続けた。

2004年、マスコミ報道により関西で大ブレイクした後、地元を通り越して全国展開されていった。

母そしてハチヨ本人も知らぬうちに「幸運を呼ぶキャラクター」として、人気を集めるようになる。

今ではインターネットから生まれた仙台発の開運キャラクターとして、仙台土産に名を連ねている。

*****

キャラクターとして誕生したいきさつや、突然のブレイクによる混乱、ご利益証言集など、全てはこの本に書きました。スーパーの試食コーナーや、デパートの最上階のトイレなど、人がいない場所にまで行列を作ってしまう現場をリアルに書き綴っています。

2006年3月25日 ビジネス社発行 著者/峰ハチヨ \1260(オリジナルシール付)全国の書店で発売中。

 

--------------まえがきより-------------

それは一枚の古ぼけた小さな写真から始まった。

実家の押入れの中でひっそりと息づいていた年代物のアルバムの中に、

見たことのない赤ちゃんの写真を発見した私は、それに釘付けになった。

アンティーク人形を抱えたどんぐり頭の小さな女の子が、イスの上に立たされて斜にかまえていた。

カメラ目線をわずかにはずし、ポカンとしたその表情は、子供の持つ邪気の無いオーラを発している。

70年前の母幸子だった。

中略


感慨深げにアルバムを閉じて、また押入れの中に戻していたとしたら、『仙台幸子』の存在はなかった。

私は一枚だけの赤ちゃんの写真をアルバムから静かに剥がして、自宅に持ち帰った。

70年の歳月の中で発生したカビやシミや折り目などを、画像処理できれいに再生した。

趣味でやっていた写真とエッセイのホームページに、それを掲載したのは2001年頃だったと思う。

当時家族の中で話題になっていた「母の立ち寄る所には不思議と人が押し寄せてくる」という現象を、ついでに載せておいた。

明治に実在した商売繁盛の福の神”仙台四郎”にちなんで”仙台幸子”なんつって。

私を産んだのは幸子だが、仙台幸子の生みの親は私になった。そして目標を見失いかけていた私に、人生を変える転機を与えてくれたのは「仙台幸子」だったかもしれない。

本編へ続く

-目次-

仙台幸子曼荼羅
ハチヨ曼荼羅
浄法寺(ジョーホージ)曼荼羅
幸子フィーバー
幸子グッズ購入者のちょっぴり幸せ証言

 

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「仙台幸子」が遊び心を持った人たちによって’癒し系キャラクター’として

100年先まで転がり続けていけたら幸いです。


グッズに使ったこの写真ですが(原版はしわや折り目やカビなどでボロボロ)

どんぐりのようなヘアスタイルはベレー帽だと思われがちですが自毛です。

よく見ると右下に「YABASHI」という刻印が入っています。写真館の屋号でしょうか。。

ちなみにこの写真は、幸子の父の仕事(国鉄)の関係で一家そろって満州(現中国)に移り住んでいた頃に、一歳になる記念として撮られたものだそうです。

70年前に満州の写真屋さんのスタジオで’サクラビスク’をかかえた幸子は、間違いなくお嬢様だったと思われる。

この衣装もなんてハイカラな!

幸子は温室育ちの深窓のご令嬢だったのです(たぶん)。

 

70年間押入れの中にひっそりと眠っていたこの小さな写真が、開運キャラクターとなって現代に蘇りました。

 

幸子は戦後育ちとはいえ、世の中にうごめく泥沼のような境遇に遭遇することもなく

ほんわか~♪とプロの専業主婦をこなしてきたわけです。

のほほ~ん♪とみのもんたのオモイッキリテレビなんかみながら

スーイスイ♪とチャリにまたがり趣味の買い物に出かけるんるんる~ん♪で帰宅します。

そしてテキパキテキパキと料理にとりかかります。料理ウマイです。

そんな幸子の毎日は、まさにその名のとおり、幸せなのです。

戦利品を前に涅槃像のような幸子/趣味はスーパーでお買い物


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